講演・対談・インタビュー

LECTURE鍼<灸真髄

第66回全日本鍼灸学会学術大会(会場:東京大学)にて、座長に市立長浜病院 心臓血管外科 曽我欣治先生、
講師に愛媛県立中央病院 漢方内科 山岡傳一郎先生をお招きして
ランチョンセミナーを開催いたしました。ご講演内容の要旨を抜粋してお届けいたします。

PROFILE

  • Merlin Young先生
    やまおかでんいちろう山岡傳一郎先生

    愛媛県立新居浜病院副院長。
    愛媛県立中央病院漢方内科主任部長及び鍼灸治療室長。日本東洋医学会漢方専門医、指導医。日本内科学会認定医。

日本だけではなく世界のために。医療のために、人類のために。
お灸はもっともっと広がってほしい。

愛媛県、伊予の国では、身近な健康療法としてお灸が地域に根付きました。35年前、その効果に着目したのが愛媛県立中央病院です。東洋医学研究所として、東洋医学の診療科を立上げ、お灸治療の可能性を研究してきました。その初代所長が私の師匠である光藤英彦先生です。光藤先生はこの東京大学で勉強をしました。そして、光藤先生と代田文彦先生、五十嵐宏先生の3人で東大の物療内科で東洋医学、漢方と鍼灸をはじめたのです。代田先生の尊父は代田文誌先生です。お灸名人 澤田健先生の治療記録をまとめた『鍼灸真髄』の著者です。今の私を遡ると『鍼灸真髄』があるのです。「お灸ができる」「お灸が好き」という方はいらっしゃると思いますが、今日は私の『鍼<灸真髄』という話しを聞いていただいて、最後に全員が「お灸が楽しい」までになっていただきたいと思います。

鍼<灸真髄の根拠1 歴史

「陰陽十一脈灸経」「足臂十一脈灸経」が出てから、歴史的に鍼よりお灸の方が古いぞということになりました。古い方がどうして良いのかよくわかりませんが、古いといわれると何となく安心しますね。
灸の字の「久」は押し付けるという意味ですね。火をつけて押し付けるという意味です。直接ではなくて太陽のようにポカポカと浴びる温かさを表します。灸には2つ「けい法(けいほう)※1」と「灸法※2」があります。「けい法」は灸頭鍼とかせんねん灸のような隔物灸ですね。素問には「得けい則痛立止」(『素問』第39「挙痛論篇」)と書かれています。「灸法」とはツボの所見に応じて灸を使うのであり「陥下則灸之」(『霊枢』第10「経脈篇」)と書かれています。この適応を誤らない方が良いと思います。

  • ※1 太陽熱と同質の輻射熱の浸透により充血せしめて、萎縮組織の微小循環を改善。
  • ※2 リンパ循環を刺激し、限局性皮下浮腫、硬結を去り、微小循環を改善。

鍼<灸真髄の根拠2 病態

ツボを病態で見ます。ツボの変化は系統発生であるので、どの場合もツボは急性の炎症反応を示しながらも充血班→圧過敏性浮腫→圧過敏性硬結であったりしながら変化をして、時間的な経過により最終的には圧過敏性陥下、場合によっては細絡も形成されるかもしれません。このようなツボの系統発生的な変化を捉えた上で適切な処置ができるかが大事です。そこから鍼灸のレパートリーが出てくるわけで、お灸というのは広い範囲で効くことがわかっています。お灸は1壮で効くことがあります。また、重ねて重ねて効くことがあります。これが病理変化と繋がるので、ツボの反応にあわせた施灸を繰返すことで醍醐味が出てきます。お灸はとにかく丁寧に据える技術が必要です。

鍼<灸真髄の根拠3 主治症

私たちは『黄帝内経明堂』(経穴の主治症が網羅的に記載された最古の書物)の復元をするために、日本の一番古い医学書『医心方』をもとに、ツボはどのように使われたのか、ツボの主治症を確認する作業をしました。例えば、大杼だけでもツボの主治症というのは非常に多いのです
「①頸項痛、不可以俛仰 ②頭痛、振寒 ③気實則脇満、夾脊有并気 ④熱汗不出、腰脊痛 ⑤痙椎強互引悪風時振慄喉痺 (1)大気満喘息胸中鬱鬱(2)身熱芒芒項強寒熱僵仆不能久立 (3)煩満裏急身不安席 ⑥ 癲疾不嘔沫、痎瘧」
この復元作業によって、灸治療における適応範囲が広がるわけですが、灸の適応は鍼よりも醍醐味があると思うのです。楽しいエピソードをひとつ。私がイギリス・ウエストミンスター大学を訪問した際、東洋医学セクションでサブチーフをされていらっしゃる先生から、偶然にも大杼穴の主治症について質問を受けました。幸い大杼穴は私の一番得意なところでしたので、英語の教科書を一緒に読みながら盛り上がったことを思い出します。

鍼<灸真髄の根拠4 地域浸透性

愛媛県のある町で、私たちの病院から鍼灸師による研修チームが地域住民を集めてお灸の接待をしました。運良く国保事業として予算をいただけたので「健康灸のすすめ」と題してパンフレットを作りました。
①お灸の仲間づくり(夫婦、家族、近所、友達)
②セルフケアとして手足の健康灸 
③40歳以上の方、小児の健康灸
④日常の応急処置としての特効灸
ピンピンとしてコロリと逝くことができるためのお灸を「PPKのお灸」と言ったりして、お灸の普及推進をしました。
お灸は応急にも役立ちます。動悸の神門、痔の百会、痔出血の孔最もそうです。曲池に灸をすえて上昇の気を治めれば、高齢者の誤嚥性肺炎に役立つでしょうし、ものもらいの二間も使えます。手三里は扁桃炎にも良く使いますね。お灸は何でも使える。東洋医学というのは幅広いんです。

鍼<灸真髄の根拠5 症例

私たちは、まず長い時間をかけて問診を行います。治療を進める際のベースとなる時系列分析を行います。患者さんの生立ちや家族構成、生活上の変化などを全て記録し、現在に至る症状の原因を探していきます。一人一人の患者さんを診る時にはNBM(Narrative Based Medicine)が大事です。例えば、膀胱炎がある、膝痛がある、閉経期だというような状況はよく重なるんですね。閉経期というのは陰部感染を起こしやすい時期ですし、骨粗しょう症を起こしやすい。女性の閉経期には曲泉というツボが反応する。
実は『医心方』には曲泉の主治症として全部そういうことが書かれています。一般的には病院、診療所へ行かなければならない。そうなると、抗生物質を飲んで、骨粗しょう症の薬飲んで、精神安定剤飲んでと服薬も大変ですし、医療費もたまりません。曲泉のツボへきちんとお灸を据えられれば便利だし、自分でお灸をすえることができたら安く済むわけです。それがお灸の良さだと思うんです。

鍼<灸真髄の根拠6 百歳研究

愛媛県松山市の道後温泉は日本で一番古い温泉です。100年前、当時の町長が100年先を見越して建築したものが今なお、松山市の観光シンボルとして健在です。まさに100年先を見越した100年建築です。代田文彦先生は生前、お会いするたび「君は将来、センチナリアン研究しなさい」とおっしゃっていました。「100歳を超えて元気に過ごしている高齢者」をセンチナリアンと言います。皆さんご存知のお灸博士、原志免太郎先生という方がおられます。100歳になって書物を書かれ、104才まで聴診器を持って生涯仕事をされた。そして108才と257日で亡くなられています。センチナリアンの先駆けですね。ヒートショックプロテインだとか、最近話題となっている温度受容体TRPチャネルだとか、そのおおもとは、原志免太郎先生が結核に罹患したウサギへ灸を据えたところ抵抗力が増したという発見が端緒となっています。だから100年先というのは結構大事ですね。こういうことって古代にもあったのだと思うんです。健康寿命というのがあるのをご存知ですよね。平均寿命と健康寿命の差が男性は9年、女性は12年、寝たきりとは言わないけど不健康時代がある。その時代がものすごく長い。私たちは『霊枢』第54「天年篇」を紐解きます。人は生まれてから100歳まで生きる。どうしてだろうかと、それをちゃんと文章として残しているんです。人は10歳にして五臓が定まりはじめて血気が盛んになり、よく動き走り回る。20歳はよく歩むだとか、40歳はよく座すようになるとか人生のタームとともに成長します。50歳から90歳というのは、肝気の低下、心気の低下、脾気の低下、肺気の低下、腎気の低下を経て五臓が老化して最終的には弱っていきますが、人間は100歳まで生きられるんだという生き様が「天年篇」には書かれています。
東京大学で教鞭をとられた緒方知三郎という病理学の先生は、老化には「本物の老化」と「偽の老化」があると仰っています。「本物の老化」というのは「天年篇」のような天年の流れがある一方で、私たち医者が扱うのは「偽の老化」だと言います。外科手術をしたり内科で診たりして、どうにかこうにか老化していく。私にも、様々なイベントを経ながら20年来、30年来という長いお付合いをしている患者さんがたくさんいらっしゃる。だからこそ本当の自然の老化、「天年篇」をちゃんと読み込んでおくことが、鍼灸治療をする上では非常に大事なんですね。

鍼<灸真髄の根拠7 文献

逆子に関するお灸の研究は皆さんもよくご存知だと思います。また、せんねん灸の「火を使わないお灸」が『KAIM』(日本の漢方、鍼灸を紹介する英文雑誌)にも出ています。久下先生たちの論文『在宅高齢者における火を使用しない灸(温灸)のQOL(SF-36®)に及ぼす影響について(日本温泉気候物理医学会誌第71巻3号2008年5月)』では温度が高くならないような工夫をして、ブラインドをかけているんですね。それと今日先ほど、同窓の岡崎統合バイオサイエンスセンターの富永先生がこの学会で講演をされるということで、先生の仕事をこの半年ぐらい注目して見てきました。面白い仕事がどんどん出てきています。

鍼<灸真髄の根拠8 教育

愛媛県立中央病院では、医師や鍼灸師が長年に渡りお灸の技術を研究しています。今まで、日本全国から100人以上の鍼灸の先生たちを受入れ研修生として教育してきました。あわせて、医師の研修カリキュラムにはお灸の実習が組込まれています。これは全国でもめずらしいことです。

鍼<灸真髄 地域性・包括性・自律性

私たちは病院の外へ出て、松山市内の札所で定期的にお灸のお接待をしたり、公民館でお灸の指導をしたりすることがあります。お灸をする機会がもっともっと広がって欲しいんです。日本だけではなくて、医療のために、人類のために。治せない患者さんはいるかも分からないけれども、お灸でケアできない人はいません。何に効くかということよりも、お灸はその人が持っている健康度をより高める方法だからです。例えば、お灸をして健康度を高めておけば、合併症が重ならないようになります。つまり、お灸をすることによって医療費が安くなる。安価な医療こそ、これから求められる最大のことです。このような治療効果を地域の生活環境、習慣、文化の中で生かそうと思って活動しています。それから包括性です。ただ単に慢性疾患だけではなくて、患者さんの生活背景をみたり、救急としてお腹が痛くなった人もみたり、救急から社会復帰まで全て包括的にみるんだという心構えを持って取組んでいます。そして自律性。誰かがやってくれるという時代はもう終わると思います。最終的には自律性の世の中になってくる。地域性、包括性、自律性と、この3つを持っているものはお灸しかありません。だからお灸だと言っているんです。私たちの800床近くある大きな病院の売店(コンビニエンスストア)ではお灸セットが並んでいます。どの病院、診療所へ行っても売店にお灸セットが並んでいる。内科医も、外科医も灸点を取って「さあお灸やりましょうよ」と言うことができたら、日本だけではなく世界がよくなると思います。

  • 『萬病に効くお灸療法』
    澤田流聞書『鍼灸真髄』
    代田文誌著

    医道の日本社
    昭和16年1月1日発行

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